あけましておめでとうございます。
前田 穂花です。

まずは。
旧年中のご厚誼に心から感謝申し上げることに併せて、
新しい年に皆様のご多幸をお祈り申し上げます。

昨日付…といっても、もう去年の話!になっちゃうのですが。
私の「病み(闇?)ブログ投稿」を心配された方々数人からの、
お問い合わせを頂戴いたしました。

ええ。
こちらのブログでも過去数回に亘り投稿した通り、
穂花ってば“プロメンヘラ”ですから。

むしろメンがヘラっている状態こそ。
マエダホノカとしての通常モードであり通常運転。

まともなホノカちゃんなんて逆にヤバいじゃん。
(こっそり自傷とか企ててない?)そんな心配をされちゃうほどです笑

考えてみれば…
・障害のため常時車椅子で不便な生活を強いられ
・がんの闘病中で
・脳梗塞の後遺症による片麻痺や高次脳機能障害で出来ないこと塗れで
・複雑な背景のもと障害を負ってこの世に生を享け
・実親は早死し、以降おとなの都合で散々振り回され
・養子縁組をした先はいわゆる“機能不全家庭”で
・結果メンタル不調に陥り、精神科病院へ三十三回もの入退院を繰り返し
・まともな人間関係が構築できず
・二回の結婚とリコン、その他二度の婚約破棄&破談を経験……

……他にもいろいろあるけれど、以下、
正月のめでたい雰囲気に全く相応しくない内容なので割愛。。

こんな状況で!
メンヘラさんにならないほうがどうかしているとも思います、、

逆にいえば…
私は十四歳で初のメンタル不調を経験しているのですが。

当時の私が(元)養親からされていた諸々を思い起こせば。
むしろ「メンタル的に故障できたほど」に、
中坊だった自分はまともだったんじゃないのかな?

そう考えることもままあります。

内容的にもう本当に“アレ”なので…詳細は伏せますが。
あの状況で、おとなからあんな仕打ちを繰り返されて…
それでもヘラヘラできているような私だったら。

それはそれでむしろ何かが壊れていて、
ヤバかったのではないかと思うほどです。

まあね。
過ぎちゃったことはもうどうしようもないからね。

当時の関係者について、
私が今でも「全く」許せていないことは事実です。
むしろ「許せれば」もう苦しくないのに。
そう思うくらいに今も私の心は壊れたままです。

ただ「過去は変えられない」こともまた事実だからね。

つらいだけの少女期を過ぎ、無為な結婚生活に終止符を打ち、
二人の元夫に対してはそれなりの(金銭的)保証もした上で。

並行してがんの治療を受けながら。
離婚と同時に自己破産もし、でも部分免責しかなせずに、
裸一貫!返すべきものを必死こいて返済して…

もう充分苦しんだ私です。
現在もなおいろんな意見も頂戴しますが、
それはそれとして…つらい過去とは一線を引いた上で。

ようやく天からのご褒美みたく降ってきた、
この幸せな女子大生ライフを今は満喫しないと嘘だよね。
そう考えてはいます。

……現状余り体調がよくないので、
思うようにキャンパスに足(車椅子?)を運べてはいないけれども。

いや「病気療養中」だから、
文字通り「病んでいる」だけだともいえるかもしれないし。

それでも…昨日、いや去年のブログ投稿で述べた通り。
自分を取り囲むリアルな在りように、私は苦しくて。
何一つ納得できず、何も許せそうになくて。

ぐちゃぐちゃしまくる自分の感情すらも憎んで。

もう何も改善の余地を見出せそうにないから…
一日も早いお迎えを望む状況もまたも私の本当の姿です。

言ってもいいですか「もうがんばれません」。
いや…もうがんばりたくないんだよ!

世の中も最悪。
私の在りようも…自分の存在そのものが最悪。
…なんで生まれちゃったのかな?

心の逃し先も見つからないので。
ただただ自分を苛め、自分を呪って。
その「ダメすぎる自分」が存在する社会という名の、
どうしようもないシステムを憎んで。

文字通りの「ルサンチマンの塊」と化したあたしは、
この先どこに転がっていくんだろうな??

お正月はめでたいというのは過去の話でしょう。

体感的に…私の周囲でめでたそうなお正月をお迎えの方は、
余程の「親ガチャ成功者」もしくは、
申し訳ありませんが「脳内お花畑にお住まい」だと、
お見受けされる方々のみです。

安心した収入を得られる職もない、
高収入の仕事は激務過ぎて人間らしい暮らしを脅かされる。

望む学校に行けない、結婚ができない、子を産み育てられない…
食べたいものを自由に購入できるゆとりなんてない、
友達と会うだけの出費が適わない。

体調を崩しても時間的経済的余裕のなさから受診もできない。
老後の不安ばかりが募るから長生きしたくない…

私に限らず。
今後に不安材料しかなければ、
そりゃあ誰でもお屠蘇気分など吹き飛びます。

パソコンを立ち上げてネットのニュースを覗けば、
心が痛くなることばかりが並んでいます。
新聞やテレビといったメディアでもそれは同じでしょう。

思うもん。
仮に私が身体が利いて…自由に動ける状況なら。
それこそ「無敵の人」と化して、自棄を起こしてしまったに違いない。
無関係な人までを巻き込んで凶刃を振るってしまったかも…

私だけではなく「自分が全く大切にされていない」と感じた時、
人間は「他人のことも」全く大事に思えなくなりがちです。

自分を粗末にしてしまう時に、
同様に人間は「誰のことも」大切に思えず、
自他の境界線をもあいまいになりがちだからこそ。

関係のない多数の人を巻き込んでの、
凄惨な事件を起こしてしまうんじゃないかな。

かつて…
今以上に(自分を大切にしてくれない)社会を激しく呪っていた、
私だからこそ感じられる体感的なものです。

だからといって。
他人に対して「可哀相な私を愛して、私を大切にして…」
そんな承認欲求の塊となってセマるような態度も、
ぶっちゃけ如何かと思う私だから。

まずは。
私のことは私が幸せにする。
そんな覚悟を持てるような私になりたい。

元旦の私自身に対して希うのはこの一点に尽きます。

自分の機嫌は自分で取る。
他人がとやかく好き勝手言おうとも、
私を大切に出来る存在は誰よりも“私”だから。

相手に対し、社会に対して過剰には望まず。
だからといってままならぬシステムとしての社会に対して、
自棄を起こさないためにも、
不甲斐ない自分に対して自棄を起こさない。
自分のことを誰よりも自分がケアしようと決意する。

――生きていくことってどうしてこんなにも難しいのかな?
もうムリ、一日も早くここから降りたいな。

ほんとうは。
多くの人が苦痛のうちに2024年をお迎えになったものとお察しします。
決して私だけじゃなくて。

苦痛を楽しむ余裕なんてどこにもないけれど。
生きている以上は、何とはなくフワフワしていられますように。
存在していられますように。

弱いあなたと、ダメな私に…
それなりに希望の光が差し込みますように。

メンヘラなホノカから愛をこめて。
あなたが、私が…この一年もそれなりに幸せでありますように。

前田 穂花